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人間でも、動物でも、魚でも、虫でも、雄はすべて闘争の強さに価値を見出す。ジョナサン・ゴットシャル「人はなぜ格闘に魅せられるのか」

男にとって名誉は依然として力や勇気と切り離すことができない。ゆえに最も危険な侮辱(オカマ野郎、ホモ、フェラ男、女の腐ったような奴、男メカケなど)とは、力や勇気の欠如を意味するものである。そして、女の名誉は依然として昔ながらの性的な品行の観念と結びついている。まれに女と少女が互いに争うときには、それは性的品行に関する原因であることが多い。(61ページ)



著者はアラフォーになってMMAを始めた大学教師である。
僕も人生の長い部分を格闘や武器を使用する術に関わって生きてきたので、闘いを通じて著者が学んでいくことに共感できる。
こういうものは洋の東西を問わないらしい。

そして、洋の東西を問わないのは、男は勇敢さや闘争心がないとみなされることを、本能で恐れるということである。
本の冒頭にも書いてあるが、男が(敢えて主語を大きくしても説得力はあると思う)闘いを望む主要な理由は、自分が臆病者であるかを確かめるためだ。

相手に勝つ以前に、闘争の場に出てくる勇気があることが、まずは賞賛される。
昔ながらの少年同志が殴り合いをして仲良くなるのは、相手が持つ闘う勇気と強さに対して敬意が生まれるからだと思う。

現代日本においては闘争それ自体が喜ばれないが、闘争は粗暴な者の専売特許ではない。
文豪トルストイは、決闘で死んでいる。
本書にも載っているが、イギリスで副首相と大臣が決闘したこともある。

それは名誉のためである。
名誉が現代とは比べものにならないほど、本人と一族の運命を左右した時代は、名誉を奪われたなら命がけで取り返す必要があった。
たとえ負けて死んだとしても、闘いの場に現れた勇気によって、名誉は回復あるいは守られたのだ。

だからこそ、勇気こそが古今東西を問わない、男が具備すべき最高の徳性である。
今は、そうであることさえ教えられないようだ。

長男にも、勇気を持つよう陰に陽に教えている。
虫が怖い長男であるが、真の勇気とは闘いの場に出ることである。
腕力や闘う技術がなくてもいい。
あれば勇気を絞る助けになることは確かだが。

今は、長男向けの超電導リニアがロボットに変身して悪いマッチョと闘う小説を書こうとしている。
もちろん、勇気がテーマだ。

年内には、形になるだろう。
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